
人類史が終わったあとの芸術とは?
『後美術論』『震美術論』に次ぐ三部作完成
『シミュレーショニズム』『日本・現代・美術』をはじめ、1990年代より旺盛な執筆活動をとおして、日本の現代美術を論じてきた椹木野衣氏。本書はウェブマガジン『ART iT』での連載「美術と時評」を軸とし、この15年間に様々な媒体で執筆された約50本の批評および戯曲、詩を収載。美術のジャンル解体と新たな批評を切り拓いた2015年の『後美術論』と、3.11後に震災や災害の多い風土から「日本列島」の美術を捉え直した2017年の『震美術論』という代表的な著作に次ぐ、芸術論三部作として位置づけることができます。
⚫︎末世の芸術とは
2011年以降、著者は東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を起点に評論を行なってきました。振り返ればそれらはすべて、人類の歴史が終焉を迎えたあとの時代へ向けて投げかけられた「末世の芸術」をめぐるものであったと言います。この無人類のための芸術を見据えていた先達として、本書第0章では、美術批評家の中原佑介や石子順造、『暮らしの手帖』編集長の花森安治、そして建築界から浅田孝、磯崎新の営みを取り上げています。
⚫︎核災害と美術
ついで、核/原子力をめぐる思索と制作を行う作家として、岡本太郎、飴屋法水、Chim↑Pom from Smappa!Groupらの作品や、3.11により故郷を失い新たな制作を展開する赤城修司や、著者が企画者としても関わる“見に行くことができない展覧会”「Don’t Follow the Wind」の継続的な取り組みについて、核災害と美術との関わりという視点から考察を重ねています。
⚫︎「ドメスティック」であること
本書の中心部となる第3章では、1985年の日本航空墜落事故を扱った、筆者による初の批評的戯曲『グランギニョル未来』を全文掲載。そして映画『この空の花』を契機に交流が始まった大林宣彦をはじめ、著者による企画展「日本ゼロ年」への参加を依頼した成田亨、近年特に再評価が高まり展覧会も開かれているアーティストの三上晴子、そしてマンガ家の岡崎京子に至るまで、それぞれの作家たちと血の通った交感から立ち上がる論考には、筆者の新たな批評的展開を見ることができます。
グローバル化した世界を前提とする今日のアートに疑義を投げかけ、「真の意味でドメスティックであること」を無人類のための芸術の条件に据えた本書は、日本の芸術の営みをいま一度捉え直そうとする、絶え間ない試みの結晶であると言えます。
デザインは『震美術論』『後美術論』と同じく、吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)が手がけました。
【目次】
はじめに
第 0 章 5人の先行者
中原佑介と核の批評
石子順造と丸石 ふたつの石をめぐって
花森安治 原子炉を「商品テスト」する
浅田孝 南極建築と建築のポール・シフト
磯崎新と荒ぶる孵化培養器(デミウルゴス)
第 1 章 核災害
ルニッ ト・ドーム フクシマ ラッキー・ドラゴン
夢の島 飴屋法水と『じ め ん』
「わたし」に穿たれた深くて暗い穴
岡本太郎《明日の神話》をめぐる「レベル7」
岡本太郎 塔にひきよせられるひとびと
待て Chim↑Pom 僕たちは敵ではない スーパーラットだ!
第五福竜丸から「いま」へ
第 2 章 故郷喪失
いわき湯本にて
竹内公太 三凾座の解体とその再生(リバース)
清水大典の冬虫夏草図
赤城修司 除染される大地と芸術
核と新潟
巻町 マクリダシ
種差デコンタ
美術(テロス)と放射・能(エンテレケイア) Don’t Follow the Windの旗が立つ位置(トポス)
空想のゲリラ 黒田喜夫と大林宣彦
三瀬夏之介の「奇景」をめぐって
イケムラレイコ 寄せては返す骸(むくろ)と天界
国吉康雄と清水登之 渡米作家の「帰還困難」
第 3 章 不明者たちとの交感
大林宣彦 空 花 野 草
成田亨 彫刻と原爆のはざまで
残酷劇と「みらい」のすがた
いわとつちといしのうた
戯曲 グランギニョル未来 ― 全二幕二十三場からなる
あめとめめとどしゃのうた
帰還することが困難な場所から
三上晴子 彼女はメディア・アーティストだったか?
岡崎京子 エッジとしての日常
暗殺と森(フォレスト) 村上春樹『騎士団長殺し』を透視する
殿敷侃と「逆流」する反・風景
表現の不自由・それ以前 小早川秋聲、山下菊二、大浦信行の〈2019年〉をめぐって
第 4 章 修復と再生
鳥栖喬 と「やさしい美術」
國府理《水中エンジン》とその分身
山のような「修復」への問いかけ
橋と梯子 埋もれた狩野川台風
回復のための想像力 熊本地震と田中憲一
風景が黙示する 砂守勝巳と雲仙・普賢岳
無主物のうた 青野文昭のつくる、なおす、こわす、そばだてる
第 5 章 大感染(パンデミック)/ドメスティック
そして「見に行くことができない展覧会」だけが残った
コロナ禍をめぐる顔、手、息の変容
時代の体温/未来の体温
地球の熱源 峰丘と佐藤俊造
距離なき肉薄 新即物主義と現存在
MOCAFの白い回転扉
内藤礼 いのちがうつしあう
鋳造犬ハチ公 関東大震災から100年の年に
白い夜 須藤康花と北限の絵
註
参考文献
初出一覧
あとがき




椹木野衣(さわらぎ・のい)
1962年埼玉県秩父市生まれ。美術批評家。最初の評論集に『シミュレーショニズム ハウス・ミュージックと盗用芸術』(洋泉社、1991年)、ほかに『日本・現代・美術』(新潮社、1998年)、『「爆心地」の芸術』(晶文社、2002年)、『黒い太陽と赤いカニ 岡本太郎の日本』(中央公論新社、2003年)、『戦争と万博』(美術出版社、2005年)、『反アート入門』(幻冬舎、2010年)、『アウトサイダー・アート入門』(幻冬舎、2015年)、『感性は感動しない』(世界思想社、2018年)、『パンデミックとアート 2020−2023』(左右社、2024年)など多数。キュレーションを手掛けた主な展覧会に「アノーマリー」(レントゲン藝術研究所、1992年)、「日本ゼロ年」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、1999−2000年)、「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989−2019」(京都市京セラ美術館、2021年)など。『後美術論』(美術出版社、2015年)で第25回吉田秀和賞、『震美術論』(美術出版社、2017年)で平成29年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。現在、多摩美術大学教授。
アートで社会の課題解決したい、展示を企画したい、ワインに関わるイベントをしたい、
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