18世紀後半のスウェーデンに生まれた画家ヒルマ・アフ・クリントは、その81年にわたる人生のなかで1000点を超える作品を残した。20世紀初頭に流行したスピリチュアリズム、宗教、自然科学、科学技術などの影響が見て取れるその作品群は、きわめて体系的そして計画的に制作され、その膨大で高度な仕事は驚くべきものである。しかし、同時代に生きたヴァシリー・カンディンスキーやピート・モンドリアンのような抽象画家が美術史に輝かしい名声を残すいっぽうで、彼らに先駆けていた彼女の抽象表現やその活動が、美術館で紹介され始めたのは近年になってからである。
2013年ストックホルム近代美術館での個展を皮切りに、その衝撃はさざなみのように広がり、2018-19年ニューヨークのグッゲンハイム美術館の回顧展では同館史上最多の約60万人の来場者を記録する。日本ではドキュメンタリー映画『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』(ハリナ・ディルシュカ監督、2019)が、作品に先立つかたちで2022年に公開されるとひそかな話題となり、日本で展示の実現が切望されていた。そしてこのたび、東京国立近代美術館で大規模展覧会が開催されることとなる (3月4日~6月15日)。
この展覧会に合わせた本特集では、「神殿のための絵画」をはじめとする代表的作シリーズや水彩画、ノートブックなどの解説、人生の軌跡を追うクロノロジー、スピリチュアリズムやスウェーデン・フォークアート、ジェンダーと性など多彩な切り口からなる論考、そしていち早くアフ・クリントの重要性に言及してきた造形作家・岡﨑乾二郎と本展キュレーター・三輪建仁の特別対談から、彼女の思想や作品の核心へと迫る。「美術史」や「抽象絵画」という枠組みを超えた、あらゆる物理現象、生物の生成やその様相、宇宙や自然界の成り立ちを理解するために描かれた体系図のような作品群から、私たちはいま、何を見ることができるのか。
アーティスト・インタビューでは、映像やインスタレーションを通じて、フェミニズムやジェンダー、植民地主義などの支配的言説や権力構造にアプローチしてきたウェンデリン・ ファン・ オルデンボルフを紹介。2度目となる日本での個展を開催中の作家に、作品の背景にある問題意識や制作プロセスについて、キュレーターの原田美緒が話を聞いた。
SPECIAL FEATURE
ヒルマ・アフ・クリント
「全宇宙」を理解するために異能の画家が描いたものとは?
代表作 徹底解説
神殿のための絵画
Works on Paper and other
Notebooks
中島水緖、高嶋晋一=文
ESSAY
未知の力、隠された知を描く
沢山遼=文
魂の明け渡し
江尻潔=文
すべて緑になるときまで──スピリチュアリズムと図示の隘路
高嶋晋一=文
ヒルマ・アフ・クリントとスウェーデン・フォークアートの復興
ヴィヴィアン・グリーン=文 田村かのこ=翻訳
私的な抽象:ヒルマ・アフ・クリント作品におけるジェンダーと性の主題
井上絵美子=文
CHRONOLOGY
Hilma af Klint Chronology──旅と同志とともにあったその人生
齋木優城=構成
INTERVIEW
ユリア・フォス
齋木優城=聞き手・構成
SPECIAL DIALOGUE
岡﨑乾二郎×三輪健仁
ヒルマ・アフ・クリントを見るとは、どのようなことか?
今野綾花=構成
ARTIST IN FOCUS
サエボーグ
松本千鶴=取材・文
谷中佑輔
遠藤水城=取材・文
玉山拓郎
大岩雄典=取材・文
WORLD REPORT
New York/London/Düsseldorf/Hualien,Taipei
ARTIST INTERVIEW
ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ
原田美緒=聞き手 石川賀之=通訳
REVIEWS
「浮茶:利休とバーのむこう」
椹木野衣=文
「北川一成、山本尚志、日野公彦|文字と余白 仮称」
清水穣=文
青柳龍太「我、発見せり。」(36)
安藤裕美「前衛の灯火」第13話
プレイバック!美術手帖 原田裕規=文
BOOK
月刊美術史
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スケッチというのは、頭の中に去来している不安定な着想を、この世界の次元に引っ張り出す営みである。―原 研哉(本文より)